【風習】冬至にはなぜゆず湯に入るの?いつ頃から始まったの?【習慣】 




冬至(とうじ)には毎年ゆず湯に入るという方は、結構いますよね。最近ではスーパーでもこの季節になるとゆずが小売りしていて、思わず買ってしまいますね。

自宅のお風呂だけでなく、銭湯や温泉施設などでも冬至の時期はゆず湯をするところは多いですので一度ぐらいは入ったことがあるかとおもいます。

とても気持ちの良いゆず湯ですが、なぜ冬至にゆず湯に入るのでしょうか?

またいつ頃からこの習慣が始まったのでしょうか?

今回は冬至のゆず湯についてご紹介します。

冬至とはなんだろう?

冬至(とうじ)とは二十四節気(にじゅうしせっき)という、一年を24分割して季節を表したものの22番目の名称です。元は中国からきた暦(こよみ)のようなものです。

今では冬至といえば、その期間というよりも冬至日のことを指すのが一般的で、

簡単に言えば一年で一番昼が短い日のことをさします。2018年は12月22日になります。

逆に一番昼の長い日は、そう!夏至(げし)ですね。春分(しゅんぶん)・立秋(りっしゅう)・大寒(だいかん)などもニュースなどで聞いたことありますよね。これも二十四節気の一つですよ。

さて冬至に戻り、昼が一番短い日ということは、太陽の力が一番弱い日ということにもなりますよね。

なぜ冬至にゆず湯に入るの?

日の光は健康の源ですので、その力が最も弱い日は風邪など病気にかかりやすい!

ですので、匂いの強いゆずを入れて邪気を払うというのがゆず湯のそもそもの由来です。

またゆずは融通、冬至は湯治との言葉遊びであるとの指摘もあります。

江戸の人たちはこういった言葉遊びが大好きなので、

「冬至にゆずを入れたお風呂に入れば、どんな病気もはねのける融通の効く湯治になるね!」なんて粋な会話があったのかもしれませんね。

冬至にゆず湯はいつ頃から始まったの?

明確にいつから始まったかは、わからないというのが本当のところです。

ですが昔の文献を調べていくと、室町時代にはそういう記述はないようです。

一番古いもので江戸時代の天保9年(1838年)の「東都歳時記」という本に「起源は明らかではないが冬至の日に柚子を入れて風呂に入る」という記述があります。

この風呂は銭湯のことだとおもいます。まだこの頃は風呂に入るといえば、銭湯しかない時代です。

東都歳時記ってどんな本?

ついでなので、東都歳時記(とうとさいじき)についても少しだけ。

この本の作者は、斎藤月岑(げつしん)という人です。祖父と父の意志を引き継ぎ親子3代に渡って「江戸名所図会」を刊行した江戸時代の偉人です。

この東都歳時記は自身で調査を行い、江戸の年中行事を庶民の視点から、挿絵なども入れながら広く紹介した書になります。

そんな本に載っているので、間違えなくこの時点ではゆず湯は存在したことにはなりますがその時点ですでに起源はわからないとなっているのです。

1868年には時代は明治になりますので、江戸時代でもかなり後期の頃の本にやっと出てくるのです。

いつからかは詳しくはわからないが、ゆず湯は最高!

また江戸時代の生活を表す浮世絵にも、このゆず湯が登場しているのは見たことがありません。

ですので、推測ですがこのように全国的に広まり、一般家庭でもゆず湯を楽しみだしたのはわりと最近、昭和に入ってからなのではないかと個人的にはおもいます。

まあ難しい話は置いといて、ゆず湯は香りがよくリラックスしますし、プカプカ浮いているゆずを眺めながら入るお風呂は最高に気持ちいいですよね。

またゆずの成分には血管を緩める作用があるらしく、それにより血流が良くなり、体がポカポカするらしいのです。すごい!江戸の人たちは、知っていたのですかね?!

ゆず湯に入るとその冬は風邪もひかず、邪気も払ってくれると好い事ばかりなので、みなさんもぜひお風呂に入れて楽しんで下さいね。

まれに皮膚に炎症を起こしてしまう方もいるようなので、肌がピリピリするなどの症状があった場合はすぐに中止しましょう。

では最後まで読んで頂きありがとうございました。

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現役古本屋店員です。40代中年。映画・漫画・アニメ・歌舞伎・落語・小説・音楽全般などが好きです。国内・国際政治や出来事を勉強しつつ、それに関連するものを紹介できたらと思っています。宅建資格挑戦中。最近父になりました。